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転職活動開始の要諦→タイミングは仕事が絶好調の時

今回の内容

***

 

1: 「仕事をかえる」とは「目的地」の再設定を自分でするということ

「仕事をかえる。」

これは結構なパワーが必要な行為だ。

 

「仕事をかえる」ことを考える際、その原因はいくつか考えることができるが、大きくは2つに大別できる。それは以下のパターンだ。

  1. 現状から離れたいという欲求が強い場合
  2. やりたいことがあって現状を諦めなければならない場合

 

1はその場からの反発力が強い場合で、例えば2つの磁石が同じ極で接しているようなイメージ。現在の職場に吸引力がない状況で、どんどん気持ちが離れていく感じ。

要因としては例えば以下。

  • 現在の仕事の内容や将来に対する不安
  • 現状の給与への不満
  • 同僚や上司への不満
  • 仕事環境への不満

 

一方、2は現在の職場の吸引力よりも、隣の別のものの吸引力が強く引き寄せられるイメージ。

そのような状況になる要因は例えば以下。

  • 定年後も働き続けるために必要なものを見つけ、興味関心がそちらに強くあるが、今の会社ではそれができない
  • 現状よりもチャレンジできる環境・良い待遇・良い環境などを得ることができるチャンスが目の前にある

 

「仕事をかえる」場合のかえ方は、転職する、もしくは独立するという方法がある。

どちらを選択するにしても、「仕事をかえる」という行動は、これまで自分が歩いてきたレールから外れて、新しくレールを作る作業になる。

電車のレールを作る際、物理的な目的地が決まっているから問題ない。しかし人生のレールを作るという行為は、目的地(⁼どこに向かっていくのか)を自分で決めなければならない。だからとてもパワーが必要になる。

 

 

2: 目的地を定め、レールを作る

新しい仕事や職場に思いをはせる時、それは今後自分が進む道について考えてるのであり、なぜその道を進もうと考えているのか、を筋道を立てて考えることになる。

将来という漠然とした先のことを考える時、その「将来」とは1年後を指す場合、5年後、場合によっては老後を指している場合もある。「将来」はひとによって様々だ。

 

「将来」を考える際、優先順位もひとによって様々だ。

お金(収入)に優先度を高く設定するひともいれば、楽しく長く働くことができる職種に重きを置くひと、定年後も働き続けるためにスキルを磨くことに注力したいひともいる。

更にこの優先順位は途中で変わる場合がある。

*** 

当初考えていた最優先課題は、老後生活への漠然とした不安から考えた「資産を今以上のスピードで増やす」だった。

しかし途中で宝くじが当たり老後生活の不安は、このまま現職を続けていても問題なさそうだ。

だから優先課題は「資産を今以上のスピードで増やす」から「スキルアップ」に変わった。

***

または、一年後をターゲットにしていたのが、5年後をターゲットにすることに変更した、というように期間を変更する場合もあるだろう。

 

このように状況が変化すると、新たな課題に一から取り組むことになる。

新しくレールを引き、目的地を設定する作業は、自身に余裕がある状態が必要だ。

 

 

3: 仕事の選択権を持ち続ける

2017年4月現在、「仕事をかえる」と選択したひとのほとんどは、独立ではなく転職を選ぶ。

転職先を探す際、現在の職を辞してから探すひとと、現職を続けながら転職先を探すひとがいる。

どちらの場合であっても、収入源を確保する必要があるひとがほとんどだ。

自身の信念からか、もしくは事情があってか、現職を辞してからの転職先の確保は、失業保険制度があるとはいえ、半年以内に転職先が100%見つかる保障はないので、 可能な限り、現職を続けながら転職先を探す方を選択したい。

これは「ババを引かない」ための手段のひとつだ。

また、現職を続けながら転職先を探す場合でも、先に記載したように、仕事が絶好調の精神的・金銭的余裕がある時に活動をすることが要諦となる。

 

既に仕事を辞している場合は失業保険が切れる期限がタイムリミットになるし、現職が嫌で仕方がない場合は、「はやくそこから脱出したい」という気持ちが優位になるため、吟味不十分で飛びつく結果を招く可能性が高くなる。

例えば以下のような判断をしてしまう場合が想定される。

 

***

[現在の不満]

現職では待遇面で不満がある。なかなか給与が上がらず、この6年間、毎年数千円アップしているだけだ。

[転職候補先の提示]

エージェントを通して進めていた他業種同職種の転職先候補の会社から、現職よりマイナス5%の年収で提示を受けた。なお、エージェント曰く、「この会社は実力が認められたら昇給・昇格は速い」だった。

[自身の判断]

既に半年間も転職活動をしている。今の職場を脱出して新天地で活躍したい気持ちでいっぱいだ。

年収は若干下がるものの、頑張って認められたらすぐに現在の年俸を超えることも可能だから、転職を決めた。

***

上記の決断について、もし現在の仕事が好調な場合だと、以下のように考えをめぐらすことができるかもしれない。

  • 異業種でそんなにすぐに結果を出すことはできるか?普通、時間がかかるだろう
  • 「実力が認められたら昇給・昇格がはやい」とはいえ、「認める」立場のひととソリが合う確証はない
  • 現在でも6年間、昇給といえるようなことはなかった事実がある中で転職先の会社でそんなに簡単に昇給できるか?
  • 転職先の給与は、現在の年収ベースで交渉することになるのに、もし転職先で年収を下げてしまったら、そこが嫌になった場合、転職活動で低い年収ベースの交渉になるよな?それでいいのか?

 

そして余裕がある状態なら、

「とても良い話をいただいたけれど、待遇面で合致しないので今回は辞退する」

という選択ができる。

 

転職活動とは、新たな雇用契約を結ぶための活動であり、企業 vs 個人(自分)の対等な関係の上に結ばれる契約だ。自身の状況・状態から、

企業 ⁼ 個人(自身)

ではなく、

企業 > 個人(自身) (→「個人」が弱い立場になっている)

という状況に、自ら持っていくことは得策ではない。

 

企業が雇用に対して選択権を持つように、個人も会社を選ぶ選択権を持ち続ける必要があるという認識はとても重要だ。

 

 

4: 自分の仕事・キャリア・将来には自分だけが責任を負える

会社や組織はわたしをどこまで守ってくれるのだろうか。

 

会社は雇用契約書や就業規則の範囲で、従業員を守ってくれる。

それは一方で、「従業員の将来については自分で考えてね」というメッセージだ。

 

「わたし」が考えないといけないことは、わたし自身のキャリアは今後どうなるか?ではなく、わたし自身のキャリアは、今後どのようにしていきたいか?だ。

わたしは老後、どのような生活ができるのか?ではなく、わたしは老後、どのような生活をしたいか?だ。

 

会社はわたしのキャリアを作ってはくれない。会社のミッションはわたしのキャリアを作ることではなく、企業を大きくすることだ。

 

自分の仕事・キャリア・将来には自分だけが責任を負うことができる。そのことを忘れてはいけない。

 

ほなまた!

 

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「作品」は「孤独」の表現方法の良し悪しで決まる

今回の内容

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1: ドラマ『カルテット』の面白さ

 

www.tbs.co.jp

 

評論家によると「前評判が高かった割に視聴率が上がらない作品」ということになっている『カルテット』。

松たか子さん、満島ひかりさん、高橋一生さん、松田龍平さんの4名を中心に話が展開される、ミステリー作品(のように思われる)。

 

(参考)

「カルテット」 ドラマ通が絶賛も視聴率低迷の3つの理由│NEWSポストセブン

 

この作品の面白いところは、出演者4名の「孤独」表現のすばらしさ(⁼演技力)だ。

芝居、ドラマ、映画という作品は、物語を構成する役に人格を宿す。

それぞれの役が持つ人格は、それぞれが個として成立する「個性」だ。

 

では「個性」とは何か?

 

それは「孤独」感だ。

 

「個」という単位を認識させようとすると、そこには必ず他者と違う部分が存在しする。「究極的には誰にもわかってもらえない」というもの、もしくは自分自身すら気づかない自分の奥底に沈んで見えない独自性。それが「個」を醸し出し、しいては「孤独」感となる。

 

作品は以下のすべてがうまく融合して独自の世界が表現される。

 

  1. 脚本家は各「個性⁼孤独」を把握し、各個性に言葉を発しさせ、行動をとらせる
  2. 演出家と監督は各「孤独」を認識し、役者に「孤独」を演じさせる
  3. 役者は割り当てられた役の「孤独」を自分のものとし、全体(声、表情、態度、行動)で表現する。

 

脚本された「孤独」は、それぞれが確立されたものであるが、言葉でその「孤独」を表現させる技術が、『カルテット』では素晴らしい。

そして『カルテット』の4人は、各自に割り当てられた「孤独」の表現の仕方が素晴らしい。

演出家は各「孤独」が突出しないよう、絶妙なバランスをとらせて全体感を作り上げているところが素晴らしい。

この絶妙な「孤独」表現が『カルテット』の素晴らしさだ。

 

 

2: 集合的無意識に潜む「孤独」感

 

「孤独」と書くと、「寂しさ」を感じるひとがいるかもしれないが、それは一面に過ぎない。単に「ひとり」という意味だ。

 

人間は皆、内なる「孤独」を知っているとわたしは考えている。

 

ひとは某か「孤独」を感じていて、その孤独感を解消するために行動する。

例えば以下は孤独感を何とかしたいと思っての行動と言える。

 

  • ひとと会う
  • 映画、ドラマをみる
  • 電話する
  • SNSをする

 

これらの行動によって、各人は自身の「孤独」感を癒やす。

ここで言う「孤独」は集合的無意識だ。

 

皆、その「孤独」を知っているけど意識していない。

だから作品が、各人の無意識下にある「孤独」を震わせることができたら、そしてより多くのひとを揺さぶることができたら、その作品はヒットする。

 

集合的無意識は、Wikipediaによると以下だ。

 

言語連想試験の研究によってコンプレックスの概念を見出したユングは、個人のコンプレックスより更に深い無意識の領域に、個人を越えた、集団民族人類の心に普遍的に存在すると考えられる先天的な元型の作用力動を見出した。

元型の作用と、その結果として個人の空想に現れるある種の典型的なイメージは、様々な時代や民族の神話にも共通して存在し、このため、元型や元型が存在すると仮定される領域は、民族や人類に共通する古態的(アルカイク)な無意識と考えられ、この故に、ユングはこの無意識領域を「集合的無意識」と名づけた。

人間の行動思考判断は、自我と外的世界との相互作用で決まって来る面があるが、他方、集合的無意識に存在するとされる諸元型の力動作用にも影響される面がある。

 

 

(参考)

info.asahi.com

 

 

3: 「孤独」感の醸し出し方に力量が出る

 

作品はひとりで完結させることができるものもあるが、協力して完結させるものも多い。

わたしの好きなTVドラマは、多数が関わる作品の典型だ。

 

これまでわたしは、ただ思いに任せてドラマを観ていた。

しかし集合的無意識に潜む「孤独」の存在を意識してから、作品を見る目が変わった。

 

「孤独」表現は作品全体で行われるため、各担当が自分の役割でしっかり表現できないと、作品をダメにする。

その意味で、日曜劇場『A LIFE』は、役者は役割を果たせるメンバーだったとおもうけど、脚本が役割を果たさなかったと思う作品だった。(2話で離脱した)

 

でも、わたしはTVドラマを観るための基準を得た。

これからもTVドラマが楽しみだ。

 

ほなまた!

 

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報告する「レベル感」がわからないのはなぜか

今回の内容

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1: 報告内容が具体的過ぎません?

会議などで報告・共有する際に、以下のようなフィードバックをもらうこと、もしくはもらっているひとを見たという経験は、20歳以上のひとならあるだろう。

 

  • 「相手は部長なんだからもっとレベル感を上げた内容にしないと!」
  • 「相手は技術のことなんてわからないから、もっとわかりやすく話して!」

 

報告や共有する際、何を話すかの準備をしない場合は、上記のようなフィードバックをもらってしかるべきだと思う。

しかし自分なりに準備をして報告や共有に臨んでいるのに、「レベル感が違う」と言われてしまう。

周りは何がしかのアドバイスをしてくれる場合もある。しかしそのアドバイスを実践してみても、変わらず「レベル感が違う」と言われしまい、いったい何がどうなっているのか、まったくわからないという悪循環に陥っているひともいるだろう。

何でこうなるのだろうか。

 

 

2: 報告相手とのチューニングが合っていない

話してと聞き手の間に違和感が出るのは、話し手と聞き手のチューニングが合っていないからだ。

自分が関わるすべてのひと(親兄弟を含む)との会話で、毎回100%、違和感があり分かり合えないというひとはほとんどいないだろう。

そうであるなら「自分はあほではない。ちゃんと伝える能力を備えているのだ。」と自信を持っていい。

それでは相手とのチューニングはどのように合わせたら良いのだろうか。

 

 

3: 解決方法:持ち時間の7割で準備する

結論からいうと、「チューニングを合わせる」ことには焦点を当てない。

焦点を当てるのは、決められた時間の7割程度の時間で伝えたいことをまとめるということだ。10分の持ち時間なら7分で終わらせる内容にすること。

 

決められた時間の7割と書いたが、この7という数字は根拠はない。

10分の持ち時間で、6分でも8分でもいい。ポイントは持ち時間よりも短い時間で伝えたいことをまとめる、ということだ。

だたし、早口でまくしたてて話す7分ではない。普通に話をしての7分だ。

 

ひとは時間を決めないと余計なことまでしゃべる習性がある

例えば最近のできごとを話してみる。話す際、タイマーで計ること。5分があっと言う間に過ぎることを体感してほしい。(その程度の話をしてみること)

次に、5分程度で終わった同じ内容を、3分に縮めて話してみる。

10回くらい練習して3分程度で話ができるようになったとする。さあ、5分で話した内容と3分で話した内容では何が違っているだろうか。

内容の変化は以下の2つのタイプがある。

 

  • 内容を削って時間短縮
  • どうしても入れたい内容だったので、複数の内容をまとめて時間短縮

 

最初の「内容を削る」は簡単な方法だ。しかし話したい内容によっては、内容を削ることでは3分に収まらないというケースがある。

この時に2つ目の「複数の内容をまとめる」という作業が必要になる。

このまとめる作業は、内容を抽象化する作業だ。難しい作業のひとつ。

このように、時間を決めないといくらでも余計なことを盛り込んでしまうのがひとの習性だ。

 

短い時間でまとめるということの効果

持ち時間をあえて短く設定して準備するのは、内容をまとめて短くする、つまり内容の抽象度を高めるという効果が必然的に期待できる。

抽象度が高くなると、逆に「具体的には?」と聞かれるのではないか、と疑問を持たれるかもしれない。

その視点は正しい。しかし10分の持ち時間を7分で終わらせたのだから、残りの3分で具体的な部分を補足すればいい。

 

「短い時間設定で内容を考える」というシンプルな行動。

しかし実際にやるとなると難しいことではある。

 

やるか?やらないか?

 

 

 4: (おまけ)やってはいけないフィードバック

 後輩や部下を見ていて、報告する「レベル感」がわかってないなーと感じる時、やってしまいがちな、しかしやってはいけないことは以下だ。

 

  1. 報告内容の「内容をどのように削るか」を指摘する
  2. 「どうしたら改善すると思う?」と考えさせて放置する
  3. 「報告する相手の立場に立って内容を考えろ」と指導する

 

上記3つとも、報告者の行動が改善されないフィードバックで、あなたは何もやっていないのと同じだ。

まあ、3つともわたしが通った道だけどねー。

NG1: 報告内容の「内容をどのように削るか」を指摘する

内容を削ることは、レベル感の改善にはつながらない。

あなたが「なぜこの部分を削った方がよいと思ったか」について丁寧に説明し、報告者が納得したとしても、その説明は半分以上が理論ではなくあなたの感情(好き嫌い)だ。

感情は報告者は理解したつもりにはなれるけれど、それ以上にはならない。つまり報告者が別の報告をする際には、そのフィードバックは役に立たない。逆に混乱させるだけだ。

深い理解が足りていないのではないか、と疑った方がいい。

 

NG2: 「どうしたら改善すると思う?」と考えさせて放置する

ひとは普通は考えている。その上で改善が見られないところに、更に「考えさせる」という発想は、あなたの能力が低い可能性を疑った方がいい。

 

NG3: 「報告する相手の立場に立って内容を考えろ」と指導する

人間は感情の生き物だ。

報告する相手に確認しても、本番で違うことを言う人間がいる。状況が変われば立場(立ち位置)は変わる。それが人間だ。

そんなコロコロ変わる「相手の立場」を基準に物事を判断しているというのは、博打をしているのと同じだ。

それを指導するというのは、あなたの指導力を見直した方がいい。

 

 

ほなまた!

 

 

 

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なぜ仕事では「フレームワーク」が出てくるのか?

今回の内容

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1: フレームワークはビジネスで必ず出てくるけど?

社会人になると、遅かれ早かれ「フレームワーク」に出合う。

フレームワークの代表的なものは例えば以下だがどうだろう?

 

 

そうそう、学生時代に国語の授業で「起承転結」という言葉を学ぶが、これもフレームワークだ。

フレームワークは、Wikipediaでは「曖昧さ回避」のページで以下のように紹介されているが、今回取り上げるのは上の2つが当てはまる。

 

フレームワーク(英: framework)

  • ビジネスフレームワーク - 経営戦略や業務改善、問題解決などに役立つ分析ツールや思考の枠組み。MBAなどで教わることが多く、ビジネスに必要とされるロジカルシンキングや発想法などを体系的にまとめたもの。SWOT分析、ファイブフォース分析などが挙げられる。
  • 開発・運用・意思決定を行う際に、その基礎となる規則・構造・アイデア・思想などの集合のこと。日本語では「枠組み」などと訳されることが多い。
  • ソフトウェアフレームワーク - コンピュータ・プログラミング用語。アプリケーションフレームワークなど。
  • バーナーワークの別称。

 

Wikipediaに記載があるように、仕事をしていると説明資料や会議の発言の中に、フレームワークが出てくることがある。

概ね、フレームワークは知っていて当然というような雰囲気で語られることが多い。

それは、社内・社外研修などでフレームワークとその使い方を学ぶことが増えてきているからだと思われる。

 

 

2: フレームワーク第一主義の間違い

ここ数年、グロービス大学院大学が運営する単科コース、グロービスマネージメントスクール(GMS)で、3か月間の研修を実施する企業が増えてきている。

GMSに限らず、企業研修を行う会社は、100%フレームワークを教える研修を行っている。

初めてこのような研修に参加すると、フレームワークの洗練された感じに感心し、以後、何が何でもフレームワークを使って表現する、というひとが少なからず出てくる。

中には、

話す内容がMECEであるべきで、MECEにするためにフレームワークを使うべき

と極端なひともいる。

しかしこれは問題だ。

なぜなら、フレームワークを学ぶ本質をわかっていないからだ。

 

確かに、フレームワークは考えをMECEに整理する道具として利用価値が高い。

一方、フレームワーク第一主義のようになると、全てのフレームワークを知っておく必要が出てくる。

現在、直面している事象を整理するのに、適当なフレームワークを知らなかったら、整理できなくなってしまう。

 

しかしフレームワークを多くの研修で学ぶのは整理のための道具としてではない。

 

 

3: フレームワークを学ぶ意義 

フレームワークを学ぶ意義・本質はどこにあるのか。究極的に言うと、フレームワークは、実は覚える必要はない。

ではフレームワークを学ぶ本質は何か?

それは、目の前にある事象を、要素に分解して理解するクセをつけることだ。この思考方法をクセにできたら、仕事は速くなる。

 

 

4: 抽象化する技術 

仕事をしていると様々な問題にぶち当たる。ぶち当たる問題は概ね具体的だ。実際に行っている仕事から発生するので、当たり前だが。。。

この具体的な問題を解決するには、問題の抽象度を上げて広く理解する必要が出てくる。もし具体→抽象へと変換する作業をしないと、問題の解決策を狭い範囲の深堀りで解決しようとしてしまう可能性がある。

フレームワークで、「虫の目・鳥の目・魚の目」というものがあるが、虫の目だけでは判断を誤る。やはり俯瞰して物事を考える鳥の目も必要だ。

具体的なものは抽象度を上げて考え、抽象的な話は具体に落とし込んで考えてみる。このように具体と抽象を行き来する思考訓練を続けていけば、おのずと見える世界が広がってくると思う。

 

ほなまた!

 

(▼参考)

ashian.hatenablog.com

 

 

 

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組織で使う研修の効果が出にくいのは「具体化抽象化」技術と「実行力」の欠如が原因

今回の内容

 

 

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1: 自分に甘く、他人に厳しく

組織に属していると、新入社員研修に始まっていくつかの研修を受けることになる。

そして管理職やリーダーのポジションになると、研修を管理する立場になる。

研修を管理する立場になると、自身が研修を受ける側の時の状況を棚に上げて、以下のような疑問が出てくる。

 

  • チームには研修の成果が出ていない、なぜだろう?

 

新しいソフトウェアの使い方やプログラミングを学ぶ、というような実学的な研修だと、何ができていないか、という評価はそれほど難しくない。

しかしビジネス研修、管理職研修など知識や考え方を学ぶ場合は評価が難しい。

例えばMBAフォルダーが近年、増加してきているが、すべてのMBAフォルダーは、非MBAフォルダーと比較して、抜きん出ている存在だと評価できるだろうか。

 

実際は、研修を受けても、MBAフォルダーであっても、評価が低いひとがたくさんいる。

その結果、「研修は役に立たない」「MBAフォルダーは偉そうなだけで役に立たない」

といった低い評価が下される場合がある。

しかし本当にそうだろうか。

 

 

2: トレーニングの現場で行うこと

研修を提供する側は、なるべく受講者の身近な話題に近づけた内容にカスタマイズして研修を行う。

MBAコースの場合は、近年流行りのケーススタディを使った講義が多いようだ。受講生はケースの主人公になり切って課題を解決していく。

つまり、受講する側か提供する側のどちらかが歩み寄って、同じ土俵上にいることができるように設計されていることが多い。

参加者は、課題に回答することに没頭できるのだが、思考は研修の中だけで留まってしまう。

 

MBAコースは考えることに時間を使うが、フレームワークの使い方がクローズアップされていることもあり、「どのフレームワークを使うべきか」ということに終始する場合もある。

その結果、研修や授業の中で優秀だったとしても、その優秀さが実際の業務に波及しない。

そこには重要なことが見落とされている。

 

 

3: 鍛える必要があるのは「具体<--->抽象」を行き来する技術

ロジカルシンキングクリティカルシンキングといった考えるための技術は、社会人になったひとなら聞いたことがあるだろう。

これらの研修でフォーカスされるのは、「ロジックツリー」「因果関係図」などのツールだ。ロジックツリーが描けるか?因果関係図を使って要因を特定できるか?。

また周りのひとも「あなたの話はロジカルか?」を問うてくる。

 

しかしここで徹底して行わないといけないトレーニングは、具体的な内容を抽象化する(またその逆も)技術だ。

 

外資コンサルタントについたひとは、「具体-->抽象」「抽象-->具体」の行き来ができるように徹底的に訓練されるようだ。

ではなぜ、「具体-->抽象」「抽象-->具体」を行き来する技術が必要なのか。

 

研修や授業で扱う内容は、非常に具体的だ。それは具体的な例を使った方が、聞き手にとって理解しやすいからだ。

受講した側のひとは、以下のステップを踏むことで初めて研修や授業の内容を自身の業務に活かすことができるようになる。

 

  1. 自身の仕事(具体的な内容)を抽象化し、自身の仕事を構造的に理解する
  2. 研修や授業で学んだ内容(具体)を抽象化して構造を理解する
  3. 1と2のそれぞれ抽象化したもの同士を比較して、仕事のどの部分に研修内容を活かすと良いか、考える
  4. 抽象化されたレベルで考えた内容を、自身の業務に実際にあてこむために、具体化する

 

しかし、研修内容を報告をする際、受講内容内容を忠実に報告するだけなら、抽象化・具体化の技術が不十分と考えてよいだろう。

また研修内容をそのまま業務に当てている場合もしかりだ。

 

事実だけの報告は「具体的な内容を理解した」で止まっている。そこから内容の抽象化を経て、実務への具体的反映がなされなければ「受講した」どまりだ。

また、研修内容をそのまま業務に当てはめている場合、習ったことを行う実行力は賞賛に値するが、「点」の理解であるため応用が利かない。

 

深い理解が出来ているという状態は、応用が利くレベルで理解できているということだ。

それは、具体的な内容を理解し、内容の抽象度合いを高めて理解し、類似した状況にも応用できるという理解になる。

 

 

4: 組織がサポートすべきは「研修内容を行動に移す仕組み作り」

学んだ内容は実際に行動に反映されて初めて効果を発揮する。

考え方や知識を学ぶ場合、その効果が現れるまでに時間がかかる。しかもゆっくり現れるので、変化が分かりにくいという欠点がある。

しかしこれらの研修を「役に立たない」と考えるのは間違っている。

組織として、受講者が研修成果を業務に活かしてもらうための仕掛けを作る必要がある。

 

行わなければならないのは、

 

  1. 受講者の業務の抽象化のサポート
  2. 次に、受講者が学んだ内容を抽象化して理解・応用するためのサポート
  3. そして抽象的な学んだ内容から実業務への具体的な落し込みのサポート
  4. 学んだことが業務に定着しているか、チェックすること

 

手間がかかるサポートではあるが、この方法論を受講者だったひとが身に着けることができたら、その人材は別のひとに同じサポートをしてあげることができる。

 

好循環な状況を生み出すことができることを願っている。

 

ほなまた!

 

 

 

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