アイデンティティを確認する作業

今回の内容

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わかるようでよく解らない言葉のひとつ、「アイデンティティー」。 ググるとわかりやすい説明がこのサイトに記載されていた。

 

 【どういう意味?】

「あるものがそれとして存在すること」、またそうした認識をさします。「同一性」「一致」のことです。

 

【もう少し詳しく教えて】

アイデンティティー(identity)は、広義には、「同一性」「個性」「国・民族・組織などある特定集団への帰属意識」「特定のある人・ものであること」などの意味で用いられます。

コンピューター関係で用いられるときは、「一致」「識別」のことです。

学術用語としてのアイデンティティーの定義は、哲学分野では、「ものがそれ自身に対して同じであって、一個のものとして存在するこ と」です。心理学・社会学・人間学などでは、「人が時や場面を越えて一個の人格として存在し、自己を自己として確信する自我の統一を持っていること」と説 明され、「本質的自己規定」をさします。

 

「自分は何者ぞ?」を確認するには何かと比較し、相対的に判断するという方法がわかりやすい。「絶対的な自分」を信じることができるのは、他人さまとの差異を認識できるという事実が起点になる。

執着

ひとが何がしかに執着するのは、他人さまとの違いを見つけるための手段のひとつかもしれない。何かに執着することで、「私は他の人と違ってこんなことに興味がある」と、自分で自分を理解することで、自分の存在を感じることができるからだ。

ここ何年か、「オタク」という言葉が良い意味で使われるようになった。

最初に「オタク」という言葉が出てきたときは、「気持ち悪い人」「(ネガティブな意味で)変わった人」ということを意味していたと思う。少なくとも私の周りではそうだった。それは「オタク」がマイナーな趣味を持っている人を指しており、気味が悪いイメージがあったことが起因していたからだ。

言葉は不思議なもので、悪いイメージの言葉が良い意味を持つようになる場合がある。

概ね、悪い意味の言葉を自虐的に「良いイメージの人」が自分のことを表現するため、その言葉を使うことが発端になる。特に有名人がテレビで、もしくは映画やドラマで使われると、その言葉のイメージが化学反応を起こして別の意味は発するようになる。

「オタク」は誰が良いイメージの言葉に変換させたか知らないが、今は言葉の定義が広がって以下のような感じらしい。(「ニコニコ大百科」)

 オタクの定義

1990年代には「おたく」の表記から「オタク」の表記もよくされるようになり、言葉の意味も広まった。

以下は現代の使われ方の大まかな分類である。

  1. 特定の趣味に没頭し、その趣味に対する知識が豊富である人物(例:彼は野球オタクだ)
  2. 趣味に没頭して日常生活に影響が出ている人物(例:彼はオタクなので24時間趣味に時間を使っている)
  3. 見た目が気持ち悪い等、一般と少し感覚や雰囲気の違う人物(例:お前の格好はちょっとオタクっぽいぞ) 
  4. アニメ・ゲーム・パソコンなどが趣味の人物(例:このクラスにはオタクが多い)

いまや、「オタク」は自分のアイデンティティを形成するパーツになっていて、自称「●●オタク」が続出している理由と思う。

これはとても良いことだと思っていて、なぜかというと、メジャーな趣味、マイナーな趣味に関わらず、何かに執着することの多様さを許容できる環境が出来つつあるからだ。

文章・言葉で 表現するということ

私はblogを、書き、公開するという行為は、自分のアイデンティティーを確認する作業になると思っている。blogだけでなく、SNSで短文を発するというのもいいし、記事をリツイートするでもいい。「表現する」という行為がとてもよいと思っている。

思考の整理学 』で、頭のなかで考えるのは3次元空間で思考が動くが、紙に書いて、もしくは話しながら考えるのは時系列に意見を押し出す行為になるため、頭で考えているときには絡まった状態の思考が、紐がほどけるように、思考が整理されると書いていた。

つまり言葉や文章で表現するという行為は、思考を整理するためにとても役に立つということ。

表現するという行為は、自分にとって悪いイメージの思考が頭の中や自分の感情を支配しているときにも有効だ。

悪いイメージを文章として表現する。もし他人を傷つけることになるなら、こっそりと紙にその内容を書きなぐったらいい。(後で捨てる)

言葉で伝えたり、文章で表現することでスッキリしたという経験はないだろうか。私はその経験があって、辛いときは特に文章で表現するようにしている。

これは表現するという行為が、表現した内容から自分を切り離してくれる作用を持っているということだ。

立ち位置を確認する

表現することは、自分が良い状態の時でも悪い状態の時でも、状態を問わず何がしかの効果を発揮してくれる。

それは自分自身を自分で再認識することになり、必然的に自分を他社と切り離し「他者と違う私」を浮かび上がらせる。

そうして自分の現在地点を知り、今日から先の人生を考える土台となる。

表現するってことは、自分の現在の立ち位置を知るという行為なんだと思うな。

 

ほなまた!

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