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ひとの「痛み」は一様ではない -『無痛 診える眼』をみて-

今回の内容
 
 
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ドラマ『無痛 診える眼』が面白い。

 
最初はサスペンスドラマと思った。流行りの刑事ドラマと医療ドラマの融合を狙ったタイプの作品だと思っていた。
 
ドラマも中盤まで来ると、鈍感な私でも見えてくるものがある。
 

「痛み」を様々な角度から表現

このドラマのポイントは、主人公に他人の「痛み」が見えてしまうということ。主人公は他のひとには見えない、他人の痛みが見える特異な眼を使って、医師として他者と関わっている。
 
「痛み」が見えるということは、逆に苦悩でもある。他のひとにはわからないから、判断に迷ったときに誰かに相談する事ができない。
 
「痛み」にはいろんな種類があるが、ドラマを特徴付けているのは「犯因症(はんいんしょう)」(漢字があってるかはわからないです)という殺意を持つ人の顔の表面に見える症状。顔中の血管が浮き出、眼には白目が無くなるように表現されている。
「犯因症」は殺意がある間は見られる症状で、殺人後数日間は残っている場合がある。
 
「犯因症」と名付けられたら経緯は、主人公が刑務所で医師をしていたときに受刑者に多く見られた症状だったから。
 
主人公は奥さんを癌で亡くしているが、亡くなる直前に、奥さんに犯因症が出たため、心に痛みを持っている。
 
推察するに「犯因症」もひとつの「痛み」として表現されている。
殺人行為は大きなエネルギーが必要で、(すべての人間に良心があるならば)その良心を傷つけ、大きな「痛み」となっている、それが「犯因症」として出てくるのかもしれない。
主人公の奥さんになぜ犯因症が出ていたのか、その謎解きはこれから。
 

「痛み」とは何か?

「痛み」に敏感な主人公は、偶然出会った大病院の院長が、主人公と同じ「診える眼」を持っており、「無痛治療」の実現に邁進していることに大きく共感し協力を約束する。
しかし、恩師の死で「痛み」を無くすことが本当に必要なのか、迷いを抱くようになる。
 
ところで「痛み」は人間にとって必要な感覚で、「痛み」があるからムチャをしなくてすむ、と何かで知った。
 
このドラマでは「痛み」を感じない青年をキャラクターに用意し、「痛み」を感じないとはどういうことなのか、ということについて表現することを試みている。
 
そしてすべてのキャラクターに「痛み」を表現させることて、「痛み」はひとによって程度が様々で一様に語ることができない、ということを表現しているようにも感じる。
 
この深い内容がドラマを面白くしている理由なんだと思った。今後の展開が楽しみです。
 
ほなまた!
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