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嫌なヤツも集団の中では味方かも

コミュニケーション

今回の内容

 
 
 
 ***
 
 

1:はじめに

ひとが集まれば、中には「このひと嫌だなー」と思うひとが出てくる。
 
でも「昨日の敵は今日の友」というように、嫌だなと思っていたひとが頼もしく思えるときがある。
 
今日はそんなことを書きます。
 
 
 

2:影響力の程度が違う

わたしは人間関係において、弱い立場に立たされる場合と、強気でいることができる場合がある。たぶん皆さんも同じ。
 
その立場の違いはどこからくるのか。
 
それはその相手に与える自分の影響力の度合いによる。
 
自身が影響力を発揮できるひとに対しては、自身は自由に対処できる。
一方で、自身が馬鹿にされている、見下されていると感じる相手といるときは、嫌な気持ちになるし、時に気持ちが萎縮してしまう。
 
しかしこれが1対1の関係ではなく、一対多の関係、つまり集団の中に入ると、それまで1対1での関係性が、化学変化する事がある。このことを文字にしておきたかった。
 


3:絡み合う影響力

マングースコブラ、蛇と蛙など、天敵と相対すると萎縮してしまう。
 
だけど、天敵の嫌なところが第三者の存在によって消える、もしくは薄まる場合がある。
 
それは、第三者が天敵を萎縮させてくれる場合もあるだろう。または自身がその第三者のことが大嫌いで、目の前のその天敵の存在が逆に可愛く思える、という場合もある。
 
また、興味深いことに、天敵が、別の天敵を牽制してくれる場合もある。
風が吹けば桶屋が儲かる、といった感じで、影響力の伝播もどこに、または誰に、どのような影響が及ぶかわからない。
 
人間関係が複雑ということは、このブログを読んでくれているひとも知っていることだけど、上記のように影響力は複雑に絡み合うので、コントロールはできない。
 
 

4:私はなるべくそのままにする

例えば、天敵を排除したらどうなるだろう。
 
そう、天敵の排除が自分の周りにどのような影響をもたらすかはわからない。
 
天敵駆逐は楽園になるかもしれないけど、天敵が抑え込んでくれていた、別の厄介者が出てくることも考えられる。
 
すべてを想定することはできないけど、厄介なことは、排除するという選択肢だけでなく、乗り越えるや、場所を移るなど、いろいろ考える必要があると思う。
 
わたしの場合は、よっぽどの事がない限り、嫌なヤツでも排除しない。
それも選択のひとつ。
 
自分で考えて決断、ですね。
 
 
 
ほなまた!
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