読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

「出る杭」度合いはコントロールできる(と思う)

働き方

今回の内容

 
 
 
 ***
 
横田宏信さんが、
 
「出る杭とは、全体最適を重視するひとのことだ」
 
と説明している書籍を読んだ。
書籍自体は、企業研修家の著者自身の研修について内容を紹介する内容だったのだけど、かなり哲学というか、禅問答のような、理屈を積み上げて言葉を解釈していくようなものだった。
 
途中で読むのがつかれたけれど、「出る杭」が「全体最適を重視するひとのこと」だと結びつけたアイデアに、
 
なるほど!感
 
があったので、今回は「全体最適」についてのエントリー。
 
 

1: 「全体最適」の「全体」の定義は自分で考えること

 
「何を最適にしたいと考えるか」ということが、そのひとの発想と行動を規定する。
 
これはとても重要な視点だ。
 
わたしがスタッフの場合、わたしが専門職の場合、わたしが課長の場合、わたしが部長の場合、わたしが会社役員の場合、そのそれぞれで、何を最適にしたいかが変わる。
 
わたしが専門職だとすると、自身の技術力的な経験をMaxにするように行動するかもしれない。
わたしが課長なら、自身の課の利益が最大になるように考えるだろう。
わたしが会社役員なら、会社の利益を重視するかもしれない。
 
しかし、それぞれが、「社会の利益」を最大にすることを考えるなら、社会貢献につながる行動するだろう。
 
ここで整理しよう。
全体最適に対応する言葉に部分最適がある。全体か部分か。
そう、「全体最適」は部分最適に対する相対的な考え方だ。
 
わたしがA部B課に所属していたとすると、わたしはB課貢献を中心に考えるか、A部貢献を考えるか、でわたしの発想と行動は変わる。
そしてこの2つは考える視点の次元が異なるため、決断が真逆になる場合もある
 
大切なことは、わたしが「何を部分ととらえ、何を全体ととらえるか?」だ。何を全体とするか、それはわたしに決定権がある。
 
 

2: 「出る杭」度合いは管理できる

 
日本では、出る杭は打たれると言われる。一方、出る杭はかっこいいととらえるひともいる。
しかし、「出る杭」の定義はあいまいで、十人十色の定義があるだろう。
 
わたしは今まで「出る杭」を定義しようとも思わなかったのだけど、やはり本というのは素晴らしい。出会ったことがないひとの考えを知ることができるのだから。
 
「出る杭」=「全体最適を重視するひと」
 
と定義することは、わたしにとってとても興味深いことだった。
 
「出る杭」を定義することは、わたしにとって以下の影響があった。
 
  1. 「出る杭」にあこがれるわたし自身が、「出る杭」になるための方法を得たこと
  2. 「出る杭」には程度があると知ったこと
  3. 「出る杭」の程度をコントロールすることができるようになったこと

 

そう、「出る杭」には程度があり、管理することができるのだ。

 

「出る杭」は「全体最適」を重視するがゆえに、部分最適を重視するひとと主張がかみ合わず、「出る杭」に見られることで、認識される「杭」だ。

 

つまり、周りのひとたちの大部分が考えるレベルの、ひとつ上の視点で発想することで、出る杭になる可能性が高い。場合によってはふたつ以上、上の視点で発想することで、飛び出す程度が大きくなる杭になる。

例えば、所属する課の利益を最大に考えていると、他の課と利害がぶつかる可能性がある。

しかし部の利益を最大に考えるなら、自分の課が不利益を被っても他の課の利益を優先させるかもしれない。

この時、自分の課の利益を「部分最適」と考えると、部の利益を優先させる考えは「全体最適」になる。

※もちろん部の利益を優先させる考え部分最適と考えることもでき、その場合は会社の利益を考えることが全体最適となるかもしれない

そう、全体最適は、相対的な存在になる。

だから、「出る杭」になりたければ、相対的に何が「全体」かを考え、全体が最適になるように考えたらいいのだ。

 

一方、摩擦を起こしたくない場合は、同じ視点の発想でとどまればいい。

 

自分次第なのね、あーすっきりした。

 

 

3: 「出る杭」を試してみる

 
「出る杭」の程度によっては、摩擦ではなく、利益をもたらすことになるかもしれない。
そこで、実際に試してみた。
 
わたしが試したのは2つ上の視点で状況をとらえなおすこと。
 
その効果は大きかった。これまで思いもつかなかった問題が見えてきたのだ。
これは興味深い発見だった。
 
その発見はすぐにチームに共有し、周りを(ちょびっと)うならせた。
 
 
 
「自分の職責よりもひとつ上の視点をもって仕事をすること」
 
と上司・先輩に言われたことがあるだろう。
 
わたしも言われたことがある。
でもわたしは、上の視点で仕事をすることが、相対的な全体最適になっていることを理解していなかった。
 
でも今は本当の意味でわかっている(と思う)。
ひとは何歳になっても成長できると改めて思った。
 
ほなまた!
 
広告を非表示にする