経験は誰かの役に立つもんだ

今回の内容

 
 
 
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1: はじめに

 
ひとは誰でもそのひと個人の「経験」を持っている。
しかしその「経験」を自分自身では過小評価していることが多々ある。
 
わたしも自分のスキルを過小評価していたのだけれど、案外ニーズがあったので今回はその経験を記す。
 
 

2: 先ずは周囲に確認してみる

 
自分でできることは、他のひとにとってもあたりまえのことだと無意識に思い込んでいることがある。
ところがそのことを周りに話すと、案外興味を持ってくれるひとがいる。
 
わたしの場合は、Microsoft Accessというデータの加工・集計を行えるソフトウェアの使い方について。
 
Access初級~中級者の場合、プログラミングの知識がなくてもデータ加工・集計ができる。
中級~上級者は、プログラミングを組み合わせることで、更に便利な環境を作ることができる。
 
わたしの技術は、プログラミングなしのスキルなので、特に難しくない。
使い方の書籍もあるし、Google先生に聞けば結構わかるもんだ。
また、ユーザー部門なので、データ加工・集計は、
 
「できるひとに作業を依頼する」
 
ということもできる。
そのため、(わたしの思い込みで)特にニーズがあるとは考えなかった。
 
たまたま、Rでデータ加工する話になり、その会話の中から、Accessの使い方を知りたいというひとがいるかもしれないと、ふと、思った。
 
なので周囲にニーズを募ってみた。
 
すると、数名から声があがった。
 
 「前からAccessを使いたかった」
 
のだと。
 
 

3: 生存バイアスを越えてGive

 
先日、生存バイアスについて書いた。
 
 
振り返って考えてみると、
 
「自分の知っているAccessの技術なんて、たいしたことない」
 
という考えは、わたしがこれまでいた環境では正しい認識だった。
しかし所属が変わるとメンバーのスキルも(当然のことながら)変わる。
 
ニーズが変わって当たり前だ。
 
自分が身につけたものをどのように使うか。
わたしは身につけたものは、鮮度が落ちていき、価値が下がっていくと考えるので、どんどん、他者に供給したいと考える。
 
狙いは、Giveを徹底することで、自分にとって価値のあるTakeを得ることにある。
Takeを得るといっても、「Give & Take」のTakeではない。
 
 『Give & Take 与える人こそ成功する時代』でも記載があった、Giverがわたしは好きだ。
 
不思議なことに、他者へのGiveを徹底すると、なぜか、必要なときに、自分に必要なTakeを得ることができる。不思議だ。
そのことを知っているのと、基本的にGiveが好きということもある。
  
つまり、「他者に貢献したい」という気持ちが最初にあって、他者へのGiveを楽しめるひとであることが前提だと思うのだけど。
 
 

4: なにがしか「貢献」したいと感じたら無理のないGiveを行うといい

 
Giveに見返りのTakeを要求したいひとは、わたしのようにGiveを繰り返すのはやめた方がいい。Takeを取れなくて、Giveをすることがストレスになる。
 
Giverは、仮にTakeがゼロでも精神的苦痛を感じない。
 
わたしは「純粋Giver」ではないから、時にGiveが苦痛になるときがある。
その場合はGiveを中断する。他人に何と言われようと、Giveしたくないときはしないし、Giveがしたければする。
 
そう、何をするにも自分に無理が無いのが一番いい。
 
Giveがしたくなったら、自分の生存バイアスを疑って、各方面に聞いてみたらいい。きっと誰かの役に立つことを、自分自身は持っているはずなので。
 
 
ほなまた!
 
 
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