電通過労死認定に思うこと

今回の内容

 
 
 
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1:はじめに

 
電通新入社員女子の投身自殺が労災認定を受けたという記事が出た。
 
 
NewsPicksには様々なコメントが寄せられていた。
ブログでもこの件について意見を述べているひとがいた。
その状況から、関心が高い内容の記事だったのではないかと思う。
 
わたしも家族と本件について意見を出し合った。
 
わたしの周りにも同じような状況になっているひとがたぶんいて、でもわたしは気づいていないという状況もあるだろうと思った。
 
とても重要なことだと思うから、自分なりに言葉でまとめておく必要があると考え、書き記す。
 
 

2: 現在思っていること

 
ご家族の方、労災認定が下りたとしても、ご心中、やり場のない気持ちが充満しているのではないかと、つらい気持ちになる。
 
彼氏だった方も同様かもしれない。
 
先立たれた親族、知人は辛い気持ちになるな。
 
故高橋さんは、残されたひとの気持ちが想像できないようなひとではないはずだ。
「普通」の状態ならどどまることができたはずだ。
 
でも、当時、彼女は「普通」の状態ではなかったのだろうな、と想像する。
 
 
ところで、日本人の97%は6・3・3の12年間、学校に通い勉強する。
 
でも学校では、自分の身を守る術を教えてくれない
認識してた?
 
故高橋さんは最高学府の東大卒だ。
しかし東大でも、彼女が陥った状況への対処方法は教えることができないようだ。
 
(参考:日本人の高校進学率は97%)
 
誰も「思いっきり逃げろ」「隠れて休め」と教えない。
 
 

3: 自分の「普通」状態を知る

 
わたしは以前の職場で、同僚Sからひどい仕打ちを受けた経験を持つ。
 
当時、自分はメンタル的に追い込まれることはない、と自負していた。
 
しかし追い込み方が上手い人間は存在する。意見を言わせ、あざけりとともにダメ出しをする。夜中まで会議を行い、朝方まで続く。
その時、人間は簡単につぶれると初めて知った。
 
幸い、病院送りになる前にその会社を退職したため、大事には至らなかった。
しかしそれでもSのことを語れるようになるまで1年かかった。
 
次の職場では、別の意味で業務過多に陥った。Sのような輩はいなかったが、わたしは「普通」じゃなくなっていた。
しかしいろいろ改善できて、現在は「普通」な生活を送れるようになっている。
 
 
でも「普通」ってなんだろう?
 
実はこの「普通」がわからない。
でも、自分の「普通」がわかれば、今の状態が「普通」なのか「普通ではない」のかが判断できる。
 
わたしの「普通」判定基準は、以下の質問がYesなら「普通」、そうでなければ「普通ではない」、だ。
 
「休みの日の予定を考えて、あれしよう、これしよう、と楽しくアイデアが浮かんでいるか?」
 
仕事で疲れ切って、休みの日は体を休めるためにだけ使い、休み明けからまた労働。
この状態は、労働過多だ。
 
  1. 過多な労働は自然と「作業」になり
  2. 「作業」について考えなくなり
  3. 「作業」をこなすだけになり
  4. 過多ゆえに「作業」でミスが出だし
  5. ミスのリカバリーで作業量が増え
  6. 「作業」過多が更に過多になり
  7. 労働時間が増え睡眠時間が減り
  8. 「作業」ミスが出て・・・
 
負のスパイラル。この状況では「普通」の休日を過ごせない。
 
わたしは多分、勤勉な部類だと思うが、勤勉なひとほど自分に対しては嘘つきだ、ということを自覚したほうがいい。
 
どんな嘘かというと、忙しくて疲弊しても、何かポジティブな考えを導き出す。
例えば「わたしはがんばった」「わたしはやり切った」などの自己暗示だ。
 
一時はいい。
でも、自分自身の「普通」ではない状態が1か月続いていたら、それはおかしな状況になっていると「判断」して、対策を練る必要がある。
「来月はたぶん大丈夫」という見積もりは外れると思うこと。
 
なぜか?
 
それは自分の見積もりが甘いからに決まっている。
 
 

4: 自分だけが自分を救える無二の人材と考えること

 
自分が精神的にとても危ない状況に陥った場合、その環境から身を引く決断ができるのは自分だけだ。
 
例えば、わたしは自分の配偶者がそのような状態に陥ったら、無理にでも仕事を辞めさせることができる。それはわたしに、配偶者のこの先の生活を引き受ける覚悟があり、かつ実現できる経済基盤を持っているからだ。
 
しかし、もし経済基盤を持っていなかったらどうだろう。
 
説得力がない。
 
わたしの「その仕事を辞めるべきだ」という発言は、「仕事を辞めたら生活できなくなるじゃないか!」という相手の強い反論に対して、「人生なんとかなる!」という言葉でしか返せない。
(まあ、相手が配偶者なら、それでも辞めさせると思うが)
 
では同僚に対してはどうだろうか。
 
同僚の人生を背負うことはできないな。
 
わたしが言えるのは、
 
「辞めた方がいい。ただし辞めた後は自分で新たな仕事を探し、やっていくしかないけどね」
 
となってしまう。
 
逆に、わたしが精神的に大変になった場合、同僚はどうだろう。
わたし同様、「無責任なことしか言えないなー」という状況になると推察する。
 
だから、やはり自分で基準を持って、自分で抜け出さないといないと思う。
自分の「普通」は自分しかわからないのだから。
 
そして自分の甘い判断で、辛い状況を長期化させてしまうと、現在は正常かもしれない自分の判断力が、いつの間にか役立たずになっているかもしれない。
 
自分の近くにいるひとを悲しませないためにも、自分の「普通」を知り、アラートを受けたらすぐに対処することをお勧めする。